石仏の心1214:京都の石仏 清凉寺 2

アップするのが遅れてしまいました。ちょっと青森へ行っていたためです。今回と次で清涼寺の石仏をみていただきますが、その次の予定は六波羅珍皇寺。その前に青森、岩手の今回お会いした石仏さんを紹介することとしたいと思います。

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清涼寺は大きいところなので、どんな石仏さんとお会いできるか期待していたのですが、境内にある石仏は多くありませんでした。
下の案内図をみていただくとわかりますが、駐車場から入った 弥勒石仏(この次にみていただきます)の傍にこのお水をたたえた
鉢?の石仏をお見掛けしたくらいです。

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先週末にお迎え火をたいた方も多いと思います。関東はずっと雨だったので15日の月曜が曇ったため、鶴見の本山へのお墓まいりへ多くの方が行ってらっしゃいました。雨が多いと雑草も生きようと一生懸命に葉を広げるので、抜くのが大変でした。また天気が回復したら行ってみないといけません。

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21日は選挙です。各地で演説会で、警察が介入したというようなニュースを聞きます。単なる 叫び、一言いったくらいで介入というのは戦前にもどったのか?と感じてしまいます。意図的なスピーカーとかを使った嫌がらせ等は制限しなくてはなりません。それだけ、白熱しているのかもしれませんが、人の生き方、考え方をみて決めていきたいと思います。棄権は危険です。ぜひ選挙会場へ足を運んで選択をして下さい。





石仏の心1213:京都の石仏 清凉寺

奈良の紹介から、今度は紹介が遅れていた京都訪問時の石仏さん達にお会いいただきたいと思います。

清滝の羅漢さんがいらっしゃる念仏寺から道を戻ると、あだしの念仏寺の先で大きなお寺にぶつかります。
清凉寺(嵯峨 釈迦堂)です。

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こんなとこにも小さなお地蔵さんがいらっしゃいました。お顔は彩色されていました。きっと地蔵盆の時に、毎年、きれいにされて、お色直しもされているのでしょう。 京都では街角でも小さなお堂にお地蔵さんがいらっしゃる場合が
多くて、中がすぐのぞける状態にない場合も多く、彩色されているというのははじめてお会いしました。

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小さなお堂は清凉寺の大きな仁王門の右側にありました。

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京都らしい風景だと私は感じます。

http://seiryoji.or.jp/index.html

一つNewsを。偶然新聞でみつけた 牛にひかれて善光寺まいり、10.20開催というので調べたら、

牛にひかれて善光寺まいり とは
https://zenkozi.com/about/cow.html

2019.5.6 千曲市から長野まで これをやって38年目ですって!
http://ushinihikarete.com/form/

2019.10.20 長野で、きものを着て参道を1km行く善光寺お参り
花遊歩~牛に引かれて善光寺参り
https://hanayuuho.nupri.or.jp/

小諸の布引観音は冬におまいりした事があってここから
行ったのかと思いましたが、5月の催しでは30km歩くようです。
なかなかな町おこしのアイデアだと思います。
(長野は春だと 塩の道を歩く というのもあります)


街が選挙の色になってきました。いつの世もそうですが、噓つきはどこにでもいるもので、そういう人が選ばれると、後はしらんぷりしている。自分は悪くないような顔をして、また 口からでまかせ?をしゃべってる。その上、上の方の人は間違った言い方を平気でして、遺憾を連発。そういう自分がいかんのでしょうけど。こういうのを子供がまねしたら困ると思います。 だから選挙はかならず行きます。自分の小さな存在でも表明することが大切なのです。 石仏さん達も街の騒ぎを聞き、そして見て、何を感じられているでしょう。
核兵器もなく、原子力発電のゴミと危険がなく、人をいじめないですみ、子供が飢えなくてすむ、生きられる世界を探しましょう。

石仏の心1212:奈良の石仏 仏頭石5

ひさしぶりに紹介していた奈良もやっと一段落がついたので、今回の仏頭石の紹介で、こちらもひさしぶりの京都の石仏の紹介に入ろうと思います。 では 奈良ともしばしのお別れです。 


仏頭石、こうやって近くからみると 興味ある表情をされているなーと感じます。
何故 頭だけの石仏にしたのかというのはわかりませんが、簡素化の極致なのでしょうか?

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仏頭さんは こうやって毎日、下の道を行く人をみています。
何人の人が仏頭さんを気付くかはわかりませんが、それでも行きかう人々を見守られていらっしゃいます。

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偶然 関西で石仏を彫られている方をみつけてしまいましたので紹介させていただきます。

こころ音地蔵さん、

https://deskgram.net/explore/tags/%E3%81%93%E3%81%93%E3%82%8D%E9%9F%B3%E5%9C%B0%E8%94%B5

手の中に入るかわいいお地蔵さん、すばらしいです。このお地蔵さんを彫られている方は和泉市にいらっしゃるのでしょうか?

https://www.imgrumweb.com/hashtag/%E3%81%93%E3%81%93%E3%82%8D%E9%9F%B3%E5%9C%B0%E8%94%B5


##7月9日追記 Blogのプロバイダーのシステム更新のため、いろいろ混乱があって、このBlogも石仏の心1211の前にアップされてしまうという事が起きてしまいました。本日発見して、再度順序を修正しました。 これで奈良のお話がちゃんと一段落つくことになります。

石仏の心1211:奈良の石仏 仏頭石4

仏頭石の 普通のお姿をななめ前から。

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同じく 後ろからも見てみました。

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体の部分の観音さまも 少しアップで


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おらえのBlogで 79年当時の写真をアップされていましたので、紹介させていただきます。
https://s.webry.info/sp/sangojima.at.webry.info/200901/article_6.html

やはり あの頃は柵はなかったようです。


以前紹介しました 日本石仏協会の 石仏に関するサイトのリンクですが、かなり整理されて更新されていたので
再度 リンクさせていただきます。 ぜひご覧下さい。
これだけ あると 大変なDataが見れるし、勉強になります。
https://sekibutukyokai.jp/linkshu


梅雨に入ったと思ったら、こんなに降るのかと思うほど、突然豪雨のような状態がそこらじゅうで続いています。
こんな梅雨は昔はなかったので、気候の温暖化の影響でしょう。 大変な時代になってきました。
水害にはご注意を。

石仏の心1210:奈良の石仏 仏頭石3

仏頭石は このように 横に小さな石仏をともなっていらっしゃいます。

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最初からあったわけではなく、後から整理されたものか、あるいは関係者のものかはわかりませんが、


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こちらの石仏さんは、元興寺でよくみられる彫りだと思います。
奈良の石屋さんは 今では町中ではみかけませんが、相当な数の石仏を作成された集団がいらしたのでしょう。

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五里五里の旅人の休日 Blogに 道のところから ここまでの様子がよくわかる紹介がありましたのでリンクさせていhttps://blogs.yahoo.co.jp/pipo_satoshi/29193474.htmlただきます。

石仏の心1209:奈良の石仏 仏頭石2

最初にこの仏頭石を知ったのは、奈良のガイドとかではなく、太陽の石仏特集号(いまでもあの号は特別で、写真も内容もあれ以上のものをみたことがありません。)でこれを見て、お会いしてみようと思いました。もう40年以上も前になります。場所に至るまで不安で、こんな所に?というくらい暗い道だったイメージがあります。
あの頃は柵などありませんでした。 (その次に伺ったときの写真が 石仏の心91,92にあります)

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この六角の仏頭の各側面には、蓮華座に載った六観音立像が半肉彫されています。また塔身部分に永正十七年(1520)室町後期の年号が彫られているとのことですが、よくみえなくて見つけられませんでした。

このすぐ前には大きな石が横になっているとおもってよくみるとお地蔵さんでした。

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板状の自然石に彫られた 建長六年(1254)鎌倉中期の薄肉彫地蔵菩薩立像とのことです。


ここでいままで知らなかったのを見つけてしまったので紹介しておきます。 石仏の辻 のBlogは関西の石仏を
非常によく足をつかって調べていらっしゃいます。 そこで 奈良の芳山(はやま)の石仏というのを見てみました。
この場所が多分、仏頭石の裏山くらいになるかなーと感じていたのです。(以前に伺ったときは新薬師寺のほうから柳生へ抜ける道を通って春日山の石仏を見ながら、峠へ至りそこの茶店の裏山に大きな二面如来さんがいらっしゃいました。あの山奥にこんなすばらしいものがとびっくりしたものです。

http://www4.kcn.ne.jp/~sekibutu/1029.html

と、こちらの説明をずっとみていくと、私も同じところをみていますが、芳山の帰りに、どうやら道沿いに歩いて下るとこの仏頭石の所へでてくるようです。 私は柳生へ抜けてバスで帰ってきたのできがつきませんでした。
体調を整えて、将来いければトライすると致しましょう。


梅雨の上に、温暖化の影響で短時間の豪雨が起きるは、新潟山形の地震は起きるは。アメリカとイランの仲が険悪になるは、UKの新たな首相とBrexitは?とか世界中の雲行きが怪しくなっています。 平和で平穏な生活を希望するものにとってはつらい時であります。 戦いより 話し合いを、そして平和を。

Attention to visitors from overseas to this Blog

Welcome to my Blog of "Hearts and Minds of Tiny, Stony Buddha"

I have found some visitors from overseas who might see Photo of Stony Buddha here.
At the same time they tried to translate writings in the Blog with the Photo by Google translation.

I do appreciate for your interests with this Blog and my writings but please also understand
this mechanical translation is sometimes wrong and may make you misunderstood.
Case is found in the Blog 757, Aomori Kannonji-temple, Jizo.
I admit mechanical translation has improved a lot in these days thanks to AI but still a room to be better.

If you are interested in the writings, please write comments/request to me. I will try to make my
writings understood better. Please be noted.

For your reference, Blog 757 is translated by myself as below:

https://28401270.at.webry.info/201507/article_9.html 石仏の心757 (Sekibutu no kokoro 757)

Sometime has passed since my last visit to Aomori-City. Ichinenji-temple is located close to the
ASPAMU:triangle-shaped building after the image of the letter “A” from “Aomori”and I have been
to this temple everytime I was there.
Kannon-statue, holding baby is at the entrance gate. In the temple grounds, Jizo-do hall is located to the left in front of main hall. I have never seen the door of Jizo-do hall open before but fortunately I could see the Jizo statue in beautiful Kimono-cloth this time because it is the day of Jizo I visited. (This day is "Day of Jizo/ Jizo-Bon in Japanese" commonly celebrated in Eastern area of Japan (Kansai).)

Jizo is the small god for kids and babies, protecting their life and minds for the future.
Many parents have come to see Jizo for praying for kids and babies so that Jizo is
bearing heavy resposiblity.

Usually community there is calm but they gets active because of Nebuta Festival at the beginning of Aug.

From now this blog, you will see Sekibutu of Aomori for two times.

For your additional information abou the City/Aomori, at the evening of 28th July, 70th memorial
ceremony is held for a heavy aerial bombing to the City by the US Air-force in the World War II.
Pople attending the candle ceremony praying for a peace as well as similar ceremony held in Yokohama and other cities throught Japan and pray it won't happen again.

http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2015/20150728003948.asp

At Atomori prefectual museum, we could observe a moving picutres of bombing taken by US Airforce
at the time of the War. It surely reminds us of cruelty. We do pray for the World without
War for kids in the future.

End of Sekibutu no kokoro 757

石仏の心1208:奈良の石仏 仏頭石

さて、今回の奈良の紹介もやっと最後になって、奈良でもここまでくるかという場所の石仏さんを。
東大寺二月堂の方から春日大社へおまいりして、そのまま進むと、左手に山の方(春日山の原生林です)へ
向かっていく道があります。奥には高級な料亭の月日亭があるということは聞いていますが、行ったことがないのでわかりません。 その途中の左のところに 石仏さんが見えてきます。

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足元を注意しながら上へ上ると、




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最初にお会いした30年前はこのような金網の柵はありませんでした。 一時この金網にかぎがかかって近づけなかったこともありました。 今は以前よりも金網のスペースも広げて近寄って見れるようになったのは歓迎です。
盗む人がいるためでしょうか。

一度 撮影していた時に、なぜかお巡りさんが月日亭がある奥の道からおりてきて、こんなところで人がいるので
わざわざチェックしにきて、いまでも理由がわからないのですが注意されたことがありました。何事も自然で、ありのままを撮りたいものです。

ここへ行く際には 絶対に電動自転車をお勧めします。

石仏の心1207:奈良の石仏 奈良町の石仏6

これで最後になる奈良町の石仏ですが、二点あるうち、最初のここは変わっています。

以下の地図の真ん中くらいに 左から右へ走る ならまち大通り があります。そこが旧大乗寺庭園とぶつかって
しまい南へ曲がり、再度 東へ曲がります。 その最初の曲がり角の所にいらっしゃる石仏さん達です。
お会いになったことがない方も多いと思います。

https://narashikanko.or.jp/wp-content/themes/nara-portal/pdf/pamphlet_pdf/naramachi_walk.pdf

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ここの道は御所馬場町となっていますが、その先の不審ケ辻町のところからでてくる細い道の所の近くで
奈良ホテルへの細い近道となっています。歩いても、自転車でもいけます。
この道(ならまち大通り)は 以前はもっと細かったのですが、30年くらい前に広がってしまって、まわりの土壁が
なくなって古い町の姿が変わってしまったのが残念でした。

奈良町の徳融寺で 第二回庚申フォーラムというのをやってました。

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聞いてみたかったですが。。。

昨年も11月10日に第三回 をやってたようです。 奈良町資料館が主催。
http://naramachi.co.jp/%E6%96%B0%E7%9D%80%E6%83%85%E5%A0%B1/3932

この先、この時期にいけたらぜひ寄ってみたいと思います。


また残念な話ですが、北海道の2歳のお子さん、半分ネグレクトで殺されたようなもので、昨日のはもっと小さなお子さんを何回も地面へ落としたと。 昔から生活苦のための子殺しはありました。
http://chichibufudasho.com/313/1-31 秩父札所三十三番 菊水寺は本堂に 子返し の大きな絵が飾られています。今も昔と同じなのでしょうか? どこに子供さんのセフティーネットがあるのでしょう。何もできない小さな子供を
あやめる事が何を意味するか。人の行いではありません。 大山のお地蔵さんも祈られています。 合掌

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石仏の心1206:奈良の石仏 奈良町の石仏5

ここで2回ほど奈良町の残った町の風景をみていただいて、春日大社の奥へ移動します。

奈良町の新しく建ったお宅にも、このように石仏さんが壁に組み込まれているものがあります。こういう形でお会いすると、うれしくなります。 美しいと感じます。
この場所は静観荘の近くだったと思いますが、奈良町を散歩してみてください、会えると思います。


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町並みの中でどのように見えるかがわかります。 石の仏さんをおまつりする形の美しさです。


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普通あるように足元に小さな石仏さん達がいらしても、見落とすことも多いのです。歩いている時はまだしも、自転車で移動していると、本当に通り過ぎてしまいます。 

それが都会ではなく郊外とか山とかとなると、もう大変、季節によって緑が隠してしまったり、崩れて埋もれてしまったり、反対側に注意していたら、その逆の方にいらして、過ぎてから、戻ったら お会いできたり。 そんな、こんなで
お会いできなかった(場所はわかっているのに)石仏さん達も多いのです。



いつも季節のNewsを知らせてくれる 京に癒されて 今回は涼菓 の特集です。京のこの種のお菓子大好きで、
その昔、夏に買ってかえるのに、ヒエロンかなり買って、家に帰るまで絶やさず、頑張った記憶もありました。

http://kyotocf.com/column/gosho_column/ryoka/


今日は突然の梅雨寒で、北風が吹いて、4月初めに戻ったようです。 寒暖の差が激しいと、風邪の前段状態になりやすくなるので、注意しましょう。 イスラムの国々では この週末でラマダン(断食)月あけのお休みが終わって、普通の生活に戻ります。 欧州はかなり熱い日が続いているようです。
6月末の茅の輪くぐりのポスターが 日本橋の茅場町あたりで見るようになりました。もうそんな時期です。

石仏の心1205:奈良の石仏 率川の石仏

道祖神の所からすぐそばに猿沢の池があります。めの前の道は古い道で伊勢街道のようですが、そこを池の方向
(興福寺の五重塔がみえますので)へむかし 左に平宗の奈良店(柿の葉ずし)をみると、ちょっとで池です。池の手前に石橋があり、その下に流れる小川に舟形をした台の上に石仏さん達がいらっしゃるのが見えます。

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ここを初めて気が付いたのは、地蔵盆で提灯が近くにあがっていたのを見たことでした。よくみれば脇から階段で舟形へ降りられるので降りられます。 今回は、いろいろ資料を読んでいたので、ここの石橋は古いものということがわかっていました。 明和七年五月(1770年5月)です。


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石橋の柱と舟形の位置関係がわかります。

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最初の写真と異なり下に降りて横からみたものです。

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6月に入って、朝と昼の温度差にやられて ちょっと風邪をひいて熱を出してしまいました。
銭湯へ行って治ると思ってたんですが、無理でした。おかげでアップするのが遅れてしまいました。
もう梅雨へ入るときですね。 体調管理に気を付けて下さい。

石仏の心1204:奈良の石仏 猿田彦神社(道祖神)

もちいどの商店街の端で奈良町へ入る所に小さなお宮さんがあり、最初は通り過ぎましたが、あとから入ってみて
日本でも一番古い道祖神(8世紀?のようですが)のようなのでびっくりした事を思い出しました。


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賽の神も、道祖神も原初的にはこういう石に対する信仰だったのでしょうね。


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奈良町を歩いていると(ここが元興寺の境内跡だったのがよくわかります) 仏の手の中にあるようです。


5月25日の日経の夕刊に秋田の人形道祖神の話しがでていたので、今回のアップの関連で調べてみました。
https://dosojin.jp/  これはかなりおもしろいです。サイトも見やすいし、魅せ方も工夫されています。
ぜひご覧下さい。


今日は5月30日でゴミナシの日だそうです。ゴミの出し方は常に街/コミュニティーでは問題になります。道へ何でも捨てる人、下水溝へ捨てればよいと思っている人、環境局の収集のルールを守らずに出す人。生活の常識のレベルが低いことは本当に残念です。一人一人が捨てる際にはプラと紙を分別する、最低限の所から始めてみましょう。
石仏さんがいらっしゃる場所はたいていは近所の方が清掃等されていてちゃんと保たれていますが、多分、いらっしゃる石仏さん達も環境の劣化い対して気にしていらっしゃると思います。ちょっとずつでも始めましょう。

石仏の心1203:奈良の石仏 伝香寺4

伝香寺は山門の横に車も含めた入り口があり、そこから入ると左側に入場管理料を支払う所があります。
帰りに そこを出る際に、左側に石仏さん達がいらっしゃるのを見つけました。


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これで伝香寺ともお別れですが、次はまた奈良町へ入ります。 奈良の裏通りを移動するのは本当にいろんなお店との出会いもあって、また新たな発見があります。



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週末がいろいろあって忙しくアップするのが遅くなってしまいました。 熱い日が続いていやになってしまうくらいでしたが、運動会等、催し物も多く、楽しまれた方々も多かったと思います。

そんな中、今朝 川崎で通学バスを待つ小学生と親御さんを刃物をもった男が襲い、死傷者がでるという痛ましい事件が起きました。ニュースをきいているだけで、本当にこころが痛くなります。 テロと同様です。
こんな事が二度とおきませんように、また被害をうけられたお子さん達の心の傷がいつかは癒されますように。  また元興寺のお地蔵さんも祈られていらっしゃいます。   合掌

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石仏の心1202:奈良の石仏 伝香寺3

本堂のまわりにも石仏さん達がいらっしゃいます。

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決して石仏の数がおおいわけではありません。


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でもそのほうがまわりの雰囲気と一緒になって印象深い場合も多いのです。


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昨日の日経新聞の夕刊に ”山間部 畑荒らし相次ぐ”奈良のシカ 農家悲鳴 とあって 鹿が奈良でその生息地域によっては問題となっている現状がかかれていました。また鹿も 観光客の心ないゴミ捨て等で、ポリ袋を食べたり、人間の食べ物を与えられたりして問題が生じてることもあり、対応に苦労しているようです。
Netで見てみましたが、護れ、捕獲しろと極端なものが多く、その中で 東京奈良県人会のBlogがバランスがとれ、
歴史から現状までよくかかれていましたので紹介させていただきます。
https://tkynarakenjinkai.jimdo.com/ 奈良公演におけるシカの功罪  

奈良は本当に市街地に鹿がいます。普通の通りに鹿のフンがあったりする。でも街の人はちゃんと朝になるときれいに清掃して街の美化を護っていらっしゃいます。 あと自然の中では宮城県の金華山でしか鹿におめにかかったことはありません。 奈良の鹿、難しい問題です。


昨日といえば、関東も大雨と風で大変でした。会社のビルも一部で雨漏り、あれだけ降ると、大変です。今年も異常な豪雨にふりまわされるのでしょうか?

石仏の心1201:奈良の石仏 伝香寺2

やっと5月5日の子供の日に先に紹介してしまった伝香寺の大きなお地蔵さんをみていただく番となりました。
先にみえるのが 裸地蔵さんがいらっしゃるお堂です。本堂は右側にあります。

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本堂のまわりにも、古そうな石仏さんがいらっしゃいました。


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こうやってみると伝香寺の幼稚園の生徒さん達は 裸地蔵さんと その横の大きな石の地蔵さんに守られているのがよくわかると思います。 おまいりした時も授業で、元気な声が響いていました。 石仏さん達も嬉しい気持ちでいらっしゃると思います。

ここ二、三日はさつき晴れで、湿気もまだそう上がっていなくて気分がよいです。明日から天気下り坂のようですが、春を感じます。 京都ではどうか、
京に癒されて 春祭り 流鏑馬 です。 ご覧ください。
http://kyotocf.com/column/gosho_column/fujinomori/

石仏の心1200:奈良の石仏 伝香寺

近鉄奈良からはすぐの小川町にある伝香寺へ移動します。


裸地蔵さんで有名です。地蔵盆の時に 着ていらっしゃる衣装を着替えさせる行事を行います。この時にはお地蔵さんが裸にされます。混みますが本堂が一段高いうえにまわりの戸を全部開け放ってくれるのでよく見えます。

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奈良にすんでみました のブログで伝香寺を紹介していましたのでリンクしておきます。
2010はそれ以前にみた時の裸地蔵さんと同じお堂にいらっしゃるのがわかるので、ぜひご覧ください。
http://small-life.com/archives/10/03/1218.php


現在の写真では 本堂ではなく、左側にコンクリートのお堂を作って、いつも裸地蔵さんとお会いできるようにしたようです。地蔵盆の時は本堂にお移しするのでしょう。

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裸地蔵さんのご由緒です。


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こちらのお堂の所にこの石仏さんがいらっしゃいました。 板碑のこわれた部分に彫りこんだものでしょうか?
変わった振り返りのお姿です。 他で見た事がありません。


ようやく五月晴れで日が照ると熱さを感じるくらいになってきました。 しかし気持ちは?アメリカ・中国が関税でつっぱりあいしている上に、中国の軍の偉いさんは中国がNo.1になるのだと帝国主義的な発言をし(いったいだれでしたっけ?中国は第三世界を率いてといってたのは) 近くの国の独裁者はまた飛び道具をぶっぱなす。まるで60年代にもどったようです。人は学んでいなくて、ちょっと時間がたつと、愚かな事をくり返します。すべて仏の手の中なのですが、それもわからないのでしょう。残念です。 沖縄へ行くのにパスポートがいらなくなって何年ですか?
歴史を知りましょう。 そうすれば どっかの議員のように 戦争でとりもどそう などという事を場所、時期も考えずに言うことはなくなるでしょう。 平和を!

石仏の心1199:奈良・奈良町の石仏4

奈良町の誕生寺の前にある北向庚申堂をすぎ坂を下り、ちょっと上がり左をみると、この鳴川町のお地蔵さんと会うことになります。 いつも戸が開いているとは限らないので、注意して下さい。
(昔は閉じている時も多かったのですが、最近はあけているみたいです)

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こういう風に家の壁にお堂を入れ込むというのは奈良で初めてみましたが、他でも道を作り変える、お堂を移動する際にこの形にする場合も増えています。(奈良町で新しいものと出会うこともあります)


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坂をあがりきった所から振り返って 鳴川町地蔵さんの一帯をみていただいています。写真の右側の真ん中にある
お宅の所にその地蔵さんがいらっしゃいます。

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そのまままっすぐ進むと、もちいどの商店街を通って、近鉄奈良へ至ります。 もちいどを過ぎて、近鉄駅の手前のアーケードの角に羊さんがいらしたので撮ってみました。

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次から奈良町のまわりを移動します。


今朝 早朝は東京では降っていなかったのに、横浜は雨でした 出勤した後でパラパラきだしましたが、 これからちょっとの間、曇りとか雨とか続くようです。西日本とか沖縄では 短時間に豪雨が襲ったようですが、今年も異常気象 嫌です。湿気と天気にご注意下さい。

石仏の心1198:奈良・奈良町の石仏3

奈良町の真ん中くらいまでくると昔からの住宅が並んでいる風景となります。路地を曲がると銭湯があり、小さなお店、今風のCafeから最近は外人さんが泊まるDormitory(というか民宿)も増えてきました。
すでに紹介した 定宿にしている静観荘http://www.nara-ryokanseikanso.com/ に初めてお世話になった時が以下の瓦堂町のまんなおし地蔵さんの地蔵盆が行われていた時でした。まだ今のようなお堂にはなっていませんでしたが時間をかけてきれいになりました。

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朝でしたので光がさしこんでいて、ちょっと見にくいですが、お地蔵さんをおまつりするお堂がみえると思います。
中にいらっしゃるお地蔵さんは、しろっぽい石に掘られていらっしゃいます。奈良町を散策すればお目にかかれます。

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まんなおし地蔵さんの前の道を 京終の方向ではなく、もちいど商店街の方をみた景色です。左側に静観荘の
看板がみえていると思います。これが奈良町の普通の姿です。

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上の写真の道をくると静観荘の前(写真向かって右側)に誕生寺があり、その参道に北向き庚申のお堂があります。 説明によると、以前はこの周辺にあった遊郭で働いていた人達がおまいりしていたとのこと。このお堂の前にあった建物も古い、遊郭の造りをのこした建物だったのですが、20数年前に火事で焼けてしまって、そのままに
なっています。



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ViewHaloooさんのブログでこちらの庚申堂が紹介されていましたのでリンクしておきます。ご覧ください。
http://www.xhotzone.net/vh/29a/vh22100801.php


石仏の心1197:奈良・奈良町の石仏2

初めてこちらの地蔵堂にお参りしたのは30年も前の事ですが、その頃から、京終周辺の変わり方は少しずつですがすすんでいて古い大きな家が段々減ってきているのは残念に思います。でもこの大きさなのお堂が、町の中でちゃんと管理されているのをみて、昔から人の心は変わっていないとも思っています。

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古い阿弥陀さんがおまつりされています。


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こちらも こういう形(なら町あるき紀行)で紹介されるようになって嬉しく思います。ご覧ください
https://narakanko-enjoy.com/?p=10370



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次はちょっと奈良町周辺をまわります。


やっと五月晴れになって、気分も晴れました。こういう日は石仏さんの撮影にいきたいと思いますが、なかなか
果たせません。 永代橋のそばの道祖神さんの背後にある緑も濃くなって、ちょっと前まで薄い緑で白い花を
つけていたのが、変わってしまいました。 春はもうすぐ次の季節へ移る準備をしています。

石仏の心1196:奈良・奈良町の石仏

今回から元興寺から離れ、奈良町周辺をちょっとみていただきます。

ちょっと順番が違うのですが、今日は子供の日ですので、あとからは別アングルででていただくことにして、一週間はやめに 伝香寺の大きなお地蔵さんをみていただきます。 境内の部分のおおきな広場が幼稚園の広場もかねていて、普通の日は子供さん達が遊んでいるのを見守っていらっしゃるのだと思います。優しいお地蔵さんです。
子供の虐待防止が叫ばれるようになって児童福祉法も何回も改定されていますが、なぜ、こんな状況になってしまったのか、40年前くらいには子供の親殺し(尊属殺)が問題になっていた時もありました。生きていくことの難しさでしょうか。

子供さん達にとって少しでもよい世界となりますように。 子供の日にあたって。 合掌

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きままにBlog で奈良の観光案内をされています、今年の二月の節分の元興寺が紹介されていましたので、
リンクさせていただきます。 いろんな催しがあるものです。(次に紹介する JRまほろば線の京終(きょうばて)駅も
でているのでぜひご覧ください)
https://pocky53.blog.fc2.com/blog-entry-1064.html


元興寺をでるとすぐ奈良町ですから、(昔は奈良町がお寺の境内だったわけですが)いろいろ歩いてみてください。
奈良町の きくおか漢方(12世紀からのお店です)の風景です。

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石仏さん達は町の中のお堂にもおまつりされています。(京都も同じですが)

http://www.naramachiinfo.jp/shopping/detail_45.html   きくおか のリンクです。

奈良町を繁華街と反対に行くと、JR桜井線(現まほろば線)にぶつかり、駅があります。奈良駅から一つめの
京終(きょうばて)です。

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この駅も最近、新たに改修されて美しくなりました。(最初に紹介したブログでご覧になられたでしょう)

その駅からすぐの所に 京終地蔵院があります。

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以前は前に大きな工場があって、光が当たりにくかったのですが、今は建物がなくなってしまったので、すぐ見つかりますし、また朝方は光がよく入ります。