石仏の心1355:東京 駒込の石仏 庚申塚


鬼子母神より都電にのり、池袋を過ぎ、大塚を過ぎてすぐ庚申塚の駅に到着します。進行方向右側に線路を渡ると、すぐ目の前に庚申堂が見つかります。 そこからがとげぬき地蔵門前の商店街です。
都電荒川線の路線図です。 ここの後が新庚申塚があるので間違われませんように(大きな白河通りと交差する所がこの新庚申塚駅ですが、何故 新 がついたのか? 知っていらっしゃる方がいたら教えて下さい。)
https://www.kotsu.metro.tokyo.jp/toden/map/


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とげぬき地蔵へ至る巣鴨地蔵通りの反対方向は庚申塚通りといって、このすべてが旧中山道になっています。旧中山道と都電が交わった所に庚申塚があるのです。


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入り口の左側のお猿さんです。仁王さんに変わってお堂を守っていらっしゃいます。ユーモアがある表情とお姿です。


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右側のお猿さんです。


とげぬき地蔵のおまいりと一緒にこちらへ来る方も多いようです。都電で降りたら、寄ってみましょう。


今年の漢字・一字は 密 が選ばれました。年末ともなりいろんな事があると思いますが、密は絶対に避けましょう。そしてマスクを。

石仏の心1354:東京  雑司ヶ谷 鬼子母神の石仏3



この右側にいらっしゃる仁王さん、すさまじい迫力でせまってきます。


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江戸時代の名所図会によると、新宿戸山町(神楽坂を上った所、牛込柳町)あたりのお寺からこちらへ仁王さんを移されたとのことですので、
あそこの寺町から早稲田はすぐでもあり、近くに凄腕の石工がいらしたのでしょうか。



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この力強さ!


ゆるーい日記のブログにこちらの鬼子母神のおまいりする道すじから、境内の詳しい写真の説明もみつけましたのでリンクさせていただきます。
http://keny72.blog.fc2.com/blog-entry-550.html
こちらをみれば 鬼子母神とその周辺の様子がわかるでしょう。

これで鬼子母神を離れ、駒込のとげぬき地蔵さんへ移動します。

石仏の心1353:東京  雑司ヶ谷 鬼子母神の石仏2

鬼子母神へおまいりして最初に石の仁王さんを見た時は感激しました。その時には大塚からこちらへ移動してきて、この後に
石仏の心484:早稲田・面影橋・亮朝院 https://28401270.at.webry.info/201207/article_3.html へ伺って石の仁王さんとお会いする予定だったのです。 (石仏の心481からがこちらの仁王さんに初めてお会いした時のブログです。)


石の仁王さんは国東で多くお目にかかりました。東京、横浜ではあまりお会いした事がなかったので、田端の赤札仁王ー>鬼子母神の仁王ー>早稲田 亮朝院の仁王と山手線内ですばらしい石の芸術と会えたことが、江戸の石工(石屋)?に対する興味につながりました。


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これだけの力の象徴の仏法守護の像を彫ることは想像を超える大変さがあったのでしょう。使った石の質もあり、現在もこうしてお会いすることができます。



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今回はちゃんと後ろ姿も撮影してあります。



旅と歴史のサイトに以下の記述がありましたので引用させていただきました。
http://tabireki70.blog114.fc2.com/?mode=m&no=447
この仁王像は、二像の丈と幅が同寸といわれる珍しい形で、盛南山という寺の観音堂にあったものが寄進されたと伝えられているそうです。江戸名所図会にも記載があり、「石像二王尊:和田戸山盛南山といふ寺より、自証院殿(自昌院。前田綱紀の女、浅野吉長の室)ここにうつされしとなり」と記載されていますので、少なくとも2~300年は経過した仁王像なのです。
江戸名所図会の挿絵にも“石仁王”の記載があり、この仁王像の前に二の鳥居があったことになるのです。

石仏の心1352:東京  雑司ヶ谷 鬼子母神の石仏

護国寺の仁王門に戻り、大通りを右に道筋に歩くと、右側はお寺の墓域が続きます。終わる頃に通りの向こう側に緑が多い場所が見えてきます。そこが雑司ヶ谷霊園です。 通りを渡って、霊園の中の道あるいは外側の道に沿ってあるくと、案内板がかならずみつかりますので、それに従って都電の雑司ヶ谷駅方面へ向かって下さい。かならず都電とぶつかりますので、道に迷うことはないでしょう。 霊園には夏目漱石のお墓もあるとのこと。 この霊園周辺で雑司ヶ谷七福神巡りもできるようで、途中のお寺さんで案内を目にしました。覚えておきましょう。

都電の雑司ヶ谷は坂になっていて、丘の上の方が鬼子母神の参道にすぐです。丘の下にある神社は御酉さまがまつられています。そこに寄ったら、前の坂を上がって霊園参道へ。

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この参道から本堂にかけての眺めは長い間変わっていないのだと思います。この日は境内の駄菓子屋さんは開いていませんでした。
鬼子母神のサイトです。ご覧ください。
https://www.kishimojin.jp/index.html


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本堂の右側の木々のあいだに鬼子母神さんがいらっしゃいます。



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16Cの末には創建されて、17Cには本堂も。本堂が重要文化財で、そこにおまいりできることは意味あると思います。


12月に入り、当然というか、寒くなってきました。朝、夜、特に風が吹いたりすると体感温度は現実より低くなるので大変です。
風邪、インフルエンザ、コロナウイルス、いろいろ注意するものが増えて大変ですが、あとひと月、大変だった年も終わりになります。
頑張りましょう。

石仏の心1351:東京 護国寺の石仏6

護国寺も今回で最後で、次から雑司ヶ谷の鬼子母神へ移動します。


音羽庚申の台座部の龍の彫りものです。精密な彫です。



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この龍のち密さ、すばらしいです。かなりな迫力ですし、お庚申さんに力を与えています。



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最初にみていただいた一言地蔵さんのまわりにも、お庚申の石仏がありました。境内は広いのでまだまだ石仏はあるのかもしれません。

墓域には近づきませんでしたが、有名な方々のお墓もかなりあるようです。好きな方にはいいでしょう。


少し話題が異なります。ちょっと前に映像が解禁された曲で”ブッダのように私は死んだ”坂本冬美 :というのがあります。サザンの桑田と坂本のコラボが成功した、情念と死がテーマのお話。この映像はいろんな意味でびっくりでした。桑田、凄い曲を書くように、良い歳をとってる。坂本も一つ越えた。 このヴィデオの途中に京都・清滝、念仏寺の五百羅漢さんが背景にでてきます。多分 イメージだけで使用されたと思いますが、他でみたことがなかったので紹介させていただきます。
https://www.youtube.com/watch?v=tCirch1EV3w

石仏の心1350:東京 護国寺の石仏5


お庚申塔というと普通は”見ざる聞かざる言わざる”のお猿さんが彫ってあるのが普通で、こういう形で塔を下から支えている形は他にないのでしょう。(あまり詳しくないので、そう書いておきます。お知らせいただければ修正致します。)

近くでは飯田橋の筑土八幡の 桃と猿を彫っている庚申塔が珍しいので有名です。石仏の心320で紹介しています。
https://28401270.at.webry.info/201103/article_9.html



庚申塔を支えている三匹のお猿さん達のうちの二匹です。


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お猿さんもかなり力が入っています。


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庚申をたずねて2、護国寺の紹介です。これをみせていただいて訪問したわけです。
https://moon.ap.teacup.com/applet/09satoi129/20140109/archive

石仏の心1349:東京 護国寺の石仏4

本堂へおまいりして、左に行くと墓域と境の道があるのでそのまま左へいけばすぐ薬師堂の裏になり、この庚申塔が見えてきます。


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説明が詳細です。このような形の庚申塔は初めてでしたし、教えていただかなければ気が付きませんでした。このような出会いが大切だと思います。


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上の説明にもありました音羽(この護国寺あたりの地域です)講中76名が見られます。凄いものです。


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信長の野望のブログでこの庚申塔が詳しくでていたのでリンクさせていただきます。ご覧ください。
https://wp.xn--vuq790o.com/2012/10/gokokuji-koushintou.html


昨日の夏のような天気にはびっくりでした。朝はスエットをTシャツの上に着ていましたが、お昼からはTシャツだけで買い物へでかけていました。小春日和という単語ではなく、小夏日和の方がふささしいような陽気に今日もなるのでしょうか。来週からはまた普通の気候に戻るようですので、体の準備をしておきましょう。体調をくずされませんように。

石仏の心1348:東京 護国寺の石仏3


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このようなお姿のお地蔵さんも東京では初めてお会いしました。全体の感じは秩父の金昌寺でお会いした石仏と似ているかとも思います。


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阿弥陀三尊の石仏も東京ではあまりみかけないと思います。来迎図(左に観音菩薩、右に勢至菩薩)でしょうか、これもお墓石なのでしょう。



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魚籃観音さんとこちらでお目にかかるとは思いませんでした。いままで近い所では上野、谷中でお会いしただけでした。(こちらのブロクでも紹介しています。石仏の心998 
https://28401270.at.webry.info/201709/article_1.html こちらの観音さんの方がふくよかですね。

護国寺から雑司ヶ谷霊園の方面に歩いていくと石屋さんが多く見つかります。やはり腕の立つ石屋さんがいらしたのでしょう。関西の丹波系、
長野の守屋系の石屋職人の歴史があるなら、江戸にも彼らとの交流も含め、石屋の存在があったのが当然で興味あるところです。

石仏の心1347:東京 護国寺の石仏2

朝、夕が寒くなってきました。昼も北風はつめたくなって、季節の移り変わりを教えています。散歩する際でも風邪にご注意を。

これからちょっと見ていただく石仏さん達はみな一言地蔵の裏側あたりにいらっしゃいます。境内を整理されて集められたと思いますが、この周辺でも、こんなに種類が違う石仏さん達が見れる所は少ないです。


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文化六年(1809年)巳年のお墓ですが、護国寺のご本尊さんである如意輪観音さんが微笑んでいらっしゃいます。表情がすばらしいので撮らせていただきました。 諸外国が開港等の要求を出し、また文化の初め頃には東北の北西部で大地震があったりして、象潟が陸地化するなど騒がしい頃でした。



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この不動明王さんはすばらしいと思うのですが、斜面で離れていたうえに、望遠を用意していなかったのでアップできませんでした。
このような感じのお不動さん他で見たことがありません。


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前回みていただいた不老門です。すばらしい門。この門を通って本堂へいらっしゃる前に門を上る手前の右側の富士塚へも寄ってみましょう。
私が見たうちでは 鉄砲洲稲荷の本殿脇、品川神社の階段脇と同様の大きなものです。

護国寺ナビでこの富士塚(音羽富士)を紹介していたのでリンクさせていただきます、ご覧ください。不老門との位置関係もわかると思います。
https://gokokujinavi.com/fujiduka/




石仏の心1346:東京 護国寺の石仏

庚申塔を訪ねて2 https://moon.ap.teacup.com/09satoi129/ で積極的にお庚申さんを紹介されている方から護国寺をぜひ見た方がというお勧めをいただきました。実際、よく考えると、早稲田、池袋、雑司ヶ谷、神楽坂はすでにいろんな所で石仏さんとお会いしていましたが、そのエリアの真ん中の護国寺はまだでした。時間があったので、有楽町線で初めて護国寺へ。駅のELVからでると、すぐ横に大きな仁王門が。
護国寺のHPをみておきましょう。http://www.gokokuji.or.jp/


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この日は御開帳の日ではありませんでした。仁王門から不老門へ向かい、長い石の階段をのぼるのですが、その間の広場はかなり広いスペースで、お参りが多い時の車両の駐車場になるのでしょうか、左に案内板、右に長椅子の休憩所があって、お弁当を食べていらっしゃる方々が多くみられました。天気のよいこの季節、密をさけて良いでしょう。



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護国寺のHPでその歴史をみれますが、明治、大正に大火で被害をこうむり、多分第二次大戦でも(とはいえ本堂とかちゃんと残っているのが凄い)影響はうけているでしょう。 この不老門は1938年(昭和13年)のご寄進のようですが、まわりととけこんでいています。
この門を越えると、すぐ左に大きな仁王さんがいらっしゃり、右へ曲がると、大師堂の左手に一言地蔵さんがいらっしゃいます。



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一言地蔵さんをおもしろく紹介しているBlogがあったので紹介しておきます。
https://note.com/1daysakuhin/n/n969e7ecb1cfb

石仏の心1345:赤坂見附 浄土寺3

屋上から見える富士山の頂上も雪がつもってきれいです。北海道は雪になり、関東でも山の方は雪がまっているようです。北からの風が朝、夕は冷たくて 秋の真ん中に移りつつあり、その後はすぐ冬になるのが目の前という感じです。

ではこちらの浄土寺もこれで最後になります。東京のど真ん中にこんな石仏さん達がいらっしゃるのです。



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赤坂見附の一木通りから入ると、すぐ左にこのお地蔵さんが迎えて下さいます。



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都内でもこんなに大きな提灯はみかけません。光が入った時をみてみたいです。


さて、この次から秩父は少林寺の五百羅漢さんへ戻って見ていただこうと思っていたのですが、東京の護国寺から駒込方面を散歩してきましたので、その時にお会いした石仏さん達を先にみていただきましょう。

石仏の心1344:赤坂見附 浄土寺2

先週末から、朝、夜は秋らしく冷えるようになりました。風邪、インフルエンザ(コロナも含め)ご注意下さい。昼間は暖かいので薄着して外出すると帰る夕方頃になると困ることなります。上着一枚の荷物の悩み、面倒なものです。


1990年前後から東京四十四閻魔巡りという冊子が下町タイムスによって制作されて、こちらの浄土寺は四番になっていました。
それは新しいものであるとして、7月16日が閻魔さんのご縁日とのこと。覚えておきましょう。
東京のパワースポットを歩く に この四十四閻魔詣でを紹介されていましたのでリンクしておきます。
https://tokyopowerspot.com/blog/%E5%AD%90%E8%82%B2%E3%81%A6/11124


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この閻魔さんの表情もかなり怖いですが、やはり閻魔さんは裁く方でもありこのくらいでなくてはいけないと感じます。


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大きな閻魔さんです。練馬の長命寺の閻魔さんはこれくらいの大きさで、他の十王さんと一緒にいらっしゃいます。石仏の心288前後をご覧ください。
https://28401270.at.webry.info/201012/article_6.html

猫の足あと のBlog(いつもありがとうございます)にこちらのお寺のお話がでていますので、ぜひご覧ください。
https://tesshow.jp/minato/temple_akasaka_jodo.html


仏教ウエブ入門講座に閻魔さんの詳細な説明がありましたのでみていただきたいと思います。(閻魔さんの紹介は初めてです)
https://true-buddhism.com/character/enma/

石仏の心1343:赤坂見附 浄土寺



以前はすぐ横にTBSのビルがあって、(今はシアターに加え、その後ろにもっと巨大なビルになってしまいました)その隣の乃木坂方面へ上がっていく道の角からすぐの所に大きな提灯とお地蔵さんがいらっしゃいました。

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本堂に向かって右側にこの大きなお地蔵さまがいらしゃいます。(六地蔵は、本堂左側にありますが、普段は柵があって入れません)


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享保四年(1719年)の お地蔵さんと書かれています。
猫の足あと のBlogに東京六地蔵の詳細がでていますのでリンクします。 清澄白河の霊岸寺のお地蔵さんはこちらでも紹介していると思いますが、この享保の前後(1700初めから10年代)で作られていて、こちらのお地蔵さんも、そういう時流にのったのでしょうか?
https://tesshow.jp/edo6jizo_index.html



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本堂に向かって左側に、同じく大きな閻魔さんがいらっしゃいます。30年前に近くに勤めていたことがあって、お昼休みによく寄っておまいりしたものでした。こちらの閻魔さん、よく知っていたのに、他の練馬の閻魔さんとかを紹介して、今頃になって、やっと見ていただくことができます。(これもDigitalカメラのおかげです、フィルムカメラでこれだけを撮影はできなかったのです。)

石仏の心1342:亀戸 赤門・浄心寺

常光寺のおまいりを終え、JRの亀戸方面へと蔵前橋通りへでて横断歩道を渡って、右へむかっていると左へ入る昔道があったので同じ方向へ向かっているので行ってみると、赤門がすぐ目にはいりました。

猫の足跡 Blogにお寺の紹介がでていますのでご覧ください。
https://tesshow.jp/koto/temple_kameido_joshin.html


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上のお地蔵さんは赤門向かって右にいて おまいりする方々を見守っていらっしゃいました。


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六地蔵さんは左側にいらっしゃいました。

境内に亀戸事件の記念碑があります。
http://hino.anime.coocan.jp/kameidojiken/kameidojiken-2.htm


常光寺から浄心寺へ向かう途中に、地図で東武亀戸線の亀戸水神駅があるのにきがついて探した所、常光寺から大通りを渡って、そのまままっすぐいくと、すぐ右側の交番と一緒になって亀戸水神社があるのがわかったので寄ってみました。神社の前からは水神通りが駅へ戻る方に向かっています。昔はかなりおまいりがあったのでしょう。水害は下町エリアでは大きな問題ですから。
美しい神社 のBlogにくわしく書かれていました。ご覧ください。 ぜひこちらへも寄られるといいと思います。
https://ameblo.jp/unonosarara0206/entry-12442138759.html


これで亀戸を離れ、赤坂見附へ寄ることにします。

ひさしぶりに週末の晴れで気分も晴れましたが、空気が冷たくなってきました。インフルエンザもあるのに、風邪に注意しないといけません。
でも秋の晴れた空はきれいです。

石仏の心1341:亀戸 常光寺3

常光寺の正面の門が開いている時は、本堂へ向かいすぐ左に大きな石の道標がみえてきます。(平日で正面が開いていない場合、向かって左の車の入る通用口からはいることになります。そこから入っても、この道標はみのがすことはありません。)


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延宝7年2月15日(1679年)とはっきりみることができます。


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とうきょうくれないだん のBlogがこの六阿弥陀道のお話を 全部まわられた上でいろんな文献も参照され書かれています。大変勉強になります。ご覧ください。地図上で、どういうエリアでまわっているのかまでわかります。
http://www.tokyo-kurenaidan.com/rokuamida_06.htm

実際に六阿弥陀道を巡るのでしたら、坂道散歩 のBlogが役に建つと思います。ご参考に。
http://8tagarasu.cocolog-nifty.com/sakamitisannpo/2014/07/post-4257.html



石仏の心1340:亀戸 常光寺2

このお庚申さんは頭の部分は昭和40年頃に補修され、他のものをもってこられたと書いてあるBlogがありました。(そこは江東区の資料を参考にしていました。)一度見たので再度探してみたのですが、みつかりませせん。Blogでこちらの常光寺の阿弥陀六道の絵が紹介されていました。もしご存じでしたらお教え下さい。


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首だけ他のものをもってきて補修というのは?なのですが、その元の石仏もかなり変わっていたのでしょう。
修理というのは、見て判断できる範囲では、首が取れたのを修理してくっつけたという意味でしょうか?



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個人的な感想ですが、これをみて真っ先に浮かんだのが 王子の金剛寺の仁王さん、あの表情をみた時以来の驚きでした。
イメージは似ていませんか?
https://28401270.at.webry.info/201911/article_3.html

 
庚申資料刊行会 江東区の庚申塔 にはやはり詳しく以下の通り書かれていました:
9番目が常光寺(亀戸4-24)、亀戸七福神の弁財天を祀る寺である。境内にある丸彫りの次の庚申塔からみる。
  5 天和3 丸 彫 青面金剛・2鶏「庚申願望圓満 奉待…」 117×30
 5は丸彫り合掌6手立像(像高117cm)、他の4手は索・宝輪・矢・弓を執る。「生國長州戸杉戸野□村」や「関山和右衛門」など、地銘や人名が彫られている。台石の正面中央に「奉待/庚申願望圓/満以伸供養」の銘を刻む。他にも「天和三癸亥五月吉祥日/木村文右衛門(など4人の氏名)/亀戸村西皈山常光寺」の年銘や施主銘がみられる。両側面に雄と雌の大きな鶏が陰刻され、両側面も鶏以外に氏名や法名が彫られている。
 この寺には、この像の他に墓地の奥に次の庚申塔1基がある。
http://koktok.web.fc2.com/isikawa/isikawaCD/isikawa19/koutouku.htm


今週初めに東京駅ステーションギャラリーで開催されている大津絵展をみてまいりました。
https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202008_otsue.html
展示されている多くの絵の中に、お地蔵さんは一つだけありました。お庚申の青面金剛は4,5枚あったと思います。
なにしろ大きくなく、その上、ライトが絞られているので、みにくくて大変でしたが、みる価値はありました。この下の写真はポスターの鬼さんです。(場内は撮影禁止なので館の外で大きなポスターを撮影しました)

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ここでもすでに 鬼の寒念仏の石仏(目黒 東光寺)を紹介していますが、大津絵もぜひご覧ください。
https://28401270.at.webry.info/201802/article_9.html

石仏の心1339:亀戸 常光寺

亀戸七福神を巡って、最後の寿老人のある常光寺へやってきて、コンクリートの普通のお寺だと思って、おまいりして、本堂の左に寿老人のお堂と並んでお地蔵さんが2体、青面金剛の石仏が一体いらっしゃいました。
お庚申さんをみて、びっくりしました。この大きさにこの表情、他ではみたことがありませんでした。

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足元の石には鶏が書かれているのでお庚申さんは確かです。


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それでもこの青面金剛さんは特別でした。


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ここの所朝日新聞の夕刊のとことこ散歩旅 が 亀戸から錦糸町ー清住白河あたりの道とそのまわりを紹介していて、この亀戸のエリアから
清澄白河のあたりまでが1945年の大空襲でメチャメチャにされたとのことで、このあたりも大変だったのです。その結果、お寺も鉄筋で建て替え、石仏さん達も壊れたものが多かったのです。歴史は知っていなければいけません。残酷な現実です。
https://tokyo-sensai.net/about/tokyoraids/
東京で石仏を巡っているとどうしても戦争が見えてきます。



信長の野望のBlogより 2度 常光寺を訪問されて、二つの庚申像をみつけられたようです。
https://wp.xn--vuq790o.com/2017/02/joukouji.html

https://wp.xn--vuq790o.com/2017/02/joukouji2.html

次の石仏の心でちょっと比べてみていただきますが、以下の二つのイメージが私の中では似ていると思えたので記しておきます。

常光寺の丸彫庚申塔:天和3(1683)、金剛寺の仁王像:宝永4(1707)

石仏の心1337:亀戸 天祖神社2

天祖神社の入り口には、前回の写真でみられたように、悪疫退散の旗が掲げられていました。コロナのために、各地での祭礼が中止、延期となったりしていて、やはり皆の希望はこれなのでしょう。現在のアメリカのホワイトハウスでの感染拡大による混乱、(同様に他の都市でも)またイギリス、フランス、スペイン等での感染者の増加。日本でも経済を活かすためにいろんな策を打ち、その結果、国内の移動が増え、感染には気が許せません。(これは国慶節の中国も同様です。) この半年、このコロナに関わる憂鬱が続いて、いやになっている状況は理解できます。それでも相手はウイルス、怒ったとしても無意味です。自然の摂理の怖さ。神仏に祈りたくなります。



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子供さんを連想させる道祖神さん、何かを語ってくれているようです。



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石仏・道祖神に会いに のHPで やはり天祖神社も紹介されていました。見ていると、私が見落としている道祖神さんもまだいらっしゃるようです。境内が広いのと、緑が多いので、どうしてもお会いできない時もあるのです。
http://kazesasou.com/hotoke/tokyou/tokyou3/_a002koutou_tensojinjya_.html


週末は、台風が関東にも接近してきそうな雰囲気になってきました。その前振りの雨のおかげで、気温が一気に下がりました。
台風に、風邪に注意しましょう。

石仏の心1336:亀戸 天祖神社

亀戸天神さんへおまいりして、もう一度 表門から大通り(蔵前橋通り)へでて、錦糸町方面(西方)へちょっといけば 船橋屋本店
https://www.funabashiya.jp/?gclid=CjwKCAjwzvX7BRAeEiwAsXExo1rQ26ftDt3Rb-V-Jj7ejNFgl4v6W3wp_PTU7f0guWzgo3usMtZV_BoCX4UQAvD_BwE
ここがあの くずもちで有名なお店の本店とは知りませんでした。今回は寄るひまがありませんでした。次回は行ってみたいと思っています。
その先の横十間川の橋をみて右へ曲がり川沿いに歩くと、5分くらいで龍眼寺(萩寺、布袋さんがいらっしゃいます)が右に見えてきます。
http://ryugenji.net/ 通りに地図がありますので見て下さい。そこの裏をちょっと行けば天祖神社に至ります。下町の散策を楽しめます。


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天祖神社のHPです。歴史の中にどうしても1945年3月10日の東京大空襲がでてきます。忘れてはいけないのです。
http://www.tensojinja.com/



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##更新情報:10月8日に最初の部分に説明を加えました。